wind’s book

物語の中の私が、才能を求めて愚かな一ページをめくるお話

【使命座】を取りに

「ねえ、おはよう」


「おはよう。・・。いつもの場所で」


「うん、」


手頃なディスプレイに映る、丸くくり抜かれた星座ー射手座ーは、もはや見慣れたものだ。


その周りを彩る音声波形は、まるで流星群のように、一言、二言紡ぐたびにそのビジュアルを散りばめる。


自分が一言、おはよう、と告げるだけで察してくれる彼が好きだ。


それと同時に重い思いを押し殺して、嫌われないように、そう思ってしまう自分が嫌だ。


ハンガーにかけられたいつもの服に着替える。


お気に入りのケープコートに、クラシカルな茶色い服。


まるで探偵とかのコスプレのような、そんな幼稚な衣装だな、なんて思うかもしれない。ただ、

こういうクラシカルなドレスが可愛いな、と思うことくらい、許してほしい。


全てを覆い隠すように閉められたカーテンは、その問いかけには答えてくれなかった。


服を着て、私好みの波打つような形の取っ手を引けば、今日は満点、とはいかないが、美しい夜空だった。


扉を閉めて、後ろに向き直ることもなく、いつもの路地を歩いていく。


目に見えるのは光のうるさい街灯と、真っ暗な窓を取り付けられた一軒家のみだった。

 

しばらく歩くと、そんなうるさい光もポツリポツリと減っていき、ついには灯りの一個も見えなくなった。


またしばらく歩けば、目の前に小さな小さな山があった。


私は無心で、山の真ん中にある小さな階段を、一歩一歩登っていく。


登っていけば、もう先についていたらしい彼が、ベンチに座っている。


登りきる、と言っても砂時計が落ちる前に簡単に手に入れることができるほどの頂である。それでも充分だった。


ベンチに座る彼の隣に、黙って腰掛ける。


オンボロな木の柵と、今は黄土色をしているコンクリートの薄い床は、もう見慣れた光景だ。


バッグを自分の右に置き、ひとつ深呼吸して、空を見上げる。気づいたら、彼は私の手を握ってくれていた。


空は単色。美しいグラデーションは無く、まるで水墨画のようなその濃淡は、星がまばらに散りばめられた空を彩っている。


その水墨画に色と光を与えているのは、紛れもない月と星だったりするのだ。


そんなこと、わかってるはずなのに。


それでも、この星々には“役割”があるんだよな、と未練がましく言ってしまう自分が嫌だ。


自分に割り当てられた役割がわからない。


そう思ってしまうことは必然だろう。


自分の周りでは、こんなふうに、天職を見つけて輝いている人間ばかりだ。今私の隣にいる彼だってそう。


そう思ってしまう自分をまた察してくれた彼が一言。


「人間、本当に無価値なのは意思が無いこと、だと思わないかい。」


「うん、意思・・。その話、前も聞いた。」


「君が同じことで悩んでいるみたいで、心配なんだ。」


「だって、私はなにも社会に貢献していない、なのに社会からたくさんもらっている。

そう思ってしまうんですもの」


「あなたは無価値じゃない。少なくとも僕の元では」


「・・、ああ、そうね」


彼はなにも言わず、スタッと立って階段へ足を進めた。


私は今度、ベンチに寝転がって、その星たちを眺めていた。


まだ発見されていない星もたくさんある。


「あれはオリオン座、あっちは北極星


それでも、名前がわかる全ての星座に敬意を払い、


未知の星座に初めましてを言うことが、私の使命な気がしてやまないのだ。


その使命を全うするまで、生きてみよう。


いつもいつもと同じその使命の再確認をして、私は階段を降りた。


木の階段に転がるどんぐりが、私をお迎えしてくれる用で。


なんだか嬉しくなってしまうのだ。


空は今日も輝く。曇りの日も、雨の日も、虹の日も。


自分にできること、自分のやるべきことを、手に入れるまで、続いてく毎日。


いつも、そんな使命を忘れては、ここへ来る。


空が隠れてたって、泣いてたって、ここへ来ては、空を眺める。


そんな毎日が、好きだ。